呉の海軍遺構や「この世界の片隅に」の舞台をずっと訪ね歩いていたら、当時の味を引き継ぐような食事をとりたくなったので・・・
田舎洋食いせ屋
呉市中通りにある、田舎洋食いせ屋さんへ。
こじんまりとした店内は昭和な趣。
ちょっとしたお座敷席があるのもいいですね。
レトロな菊正宗のポスターと、シンプルなメニュー表。
カレーライス(七五〇円)と海軍さんの肉じゃが(四五〇円)を注文。
この菊正宗のポスターは戦後のものだろうけど、つい最近どこかのお店でも見かけたんだけどな〜どこだっただろうか。 けっこう多く出回っているものだと思われます。
「初めてですか?観光ですか?待っている間にに、よろしければどうぞ」と声をかけていただき、観光マップ等をいただきました。独り旅は、無心のこういった心配りをいただくとグッときます。
創業大正10年
田舎洋食いせ屋さんは、大正10年創業。
現在のご主人が、初代主人について色々教えてくれました。初代主人はもともと海軍のお雇いコックのコック長で、軍艦「浅間」で明治天皇に、軍艦「摂津」で大正天皇に料理を出されたこともある方だったらしく、呉の人々にも美味しい洋食を食べてもらいたいと大正10年に田舎洋食「いせ屋」を開業されたとのこと。
明治時代に創業した広島県初の本格ビアガーデン「日英館」その跡地に、初代が「いせ屋」を開業。
田舎洋食というのは、当時、呉はいくら海軍の鎮守府があったとはいえ、東京や大阪、神戸からみたらまだまだ田舎だったので、あえて「田舎」を付けたとのこと。
いせ屋というのは、初代店主が三重県出身だったかとのこと。
カレーライスと肉じゃが
旧海軍のレシピをもとに作られたカレー。具も大きくはなく見た目はシンプル。最近のカレーはやたらと具を強調するけど、初期のカレーはこんなような感じだったのかもしれないな〜と勝手に思い美味しくいただきました。
そしてこちらの肉じゃがは、三代目の店主が、30年ほど前にメニューに加えた一品。
旧日本海軍の肉じゃが「甘煮」のレシピ
色々と教えいただきメモをとっていると、ご店主が「これが当時のレシピですよ」とわざわざ物をどかしてレシピを見せてくれました。
「七分後砂糖入れ」
「三一分後玉葱入れ」などなど分刻みの海軍らしい指示。
当時は作り方はあっても、分量などは記載されていなかったそうです。というのは、艦によって乗員数が異なるから。とはいえ、味を決めるのに大事な食材の分量は、その艦の食事担当の腕の見せ所だったようです。
とまあ、色々お話を聞いて長居をして店を後にしようと思ったら、海自カレーガイドブックなるものまでいただきました。
いろいろ教えていただき、ありがとございました。とても勉強になりました。
そして、美味しかったですよ!
本当にご馳走様でした。