夢見る旅路

江戸東京発今昔物語

歴史探訪、名所、読書録、カメラ、日用品などの雑記帳、備忘録。

東博の顔真卿展に行く前に予備知識。人物としての顔真卿を知れば「祭姪文稿」の良さがわかる!

国立東京博物館で開催されている特別展「顔真卿」を見に行く前に、書についての予備知識を学んでメモしておこうという記事の2回目。

 

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今回は、特別展の主役、顔真卿について。

来日している顔真卿の「祭姪文稿(さいてつぶんこう)」を見るには、まず人物としての顔真卿を知ると、より面白味が増します。

と言っても、顔真卿って書では有名だけど、あまり日本人には人物としてはなじみないような。うだうだ書いても読まれなそうなので。

そこで、切り口を変えて、まずは顔真卿(709年〜785年)の生きた時代背景を判りやすく理解するために、同時代を生きた、誰もが知る超有名人を2名を先に登場させておきます。

 

傾国の美女「楊貴妃」と、詩聖「杜甫」

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世界三大美人の1人にあげられる「楊貴妃(ようきひ)」

誰もが聞いたことのある「国敗れて山河あり・・・」で有名な詩聖「杜甫(とほ)」も、実は顔真卿と同時代を生きた人物です。

 

楊貴妃は、もともと玄宗皇帝の息子の妃として迎え入れられましたが、色々あり父親の玄宗皇帝の皇后となります。

玄宗皇帝は、楊貴妃のあまりの美しさに魅了され、政治はないがしろになりがち。

そこに接近してくるのが、安禄山(あんろくざん)という現在のサマルカンド出身でソクド人と突厥人(トルコ系)の混血の軍人です。

安禄山は楊貴妃と玄宗皇帝に巧みに近づき、2人の信頼を得ます。

皇帝の周囲の要人達は「安禄山は謀反を起こすかも知れない」と度々皇帝に進言しますが、安禄山を信用しきっている皇帝は丸無視。むしろ安禄山を悪く言う者を追い出してしまうほどでした。

そしてついに755年、安禄山が反乱を起こします。

反乱軍は一挙に唐の副都「洛陽」まで快進撃を続け、安禄山は洛陽で新政府を樹立し自らを大燕皇帝と宣言します。これが世に言う安禄山の乱または安史の乱です。

 

f:id:odekakeiku:20190223112905j:plain「紀泰山銘」唐玄宗筆 726年 紙本墨拓 東京国立博物館(特別展 顔真卿 ここは撮影可。玄宗自ら撰文し書いた隷書の大作。山東省泰山の崖に現存。) 

玄宗皇帝は、迫り来る反乱軍に十分に対抗できず、唐の都、長安を捨て成都へと楊貴妃を連れて逃げます。

その逃走途中、皇帝を惑わせ安禄山の乱を招いた楊貴妃に対する不満が側近や護衛の兵からもでて、楊貴妃とその一族は殺害されます。

 

唐の都、長安陥落。この知らせは遠く日本にまで伝えられるほどの大ニュースでした。

そして、この長安陥落の惨状を目の当たりにしたのが、後に詩聖とまで呼ばれるようになる杜甫です。

当時、朝廷の官職に付いていた杜甫は、反乱軍に捕まり拘束されますが後に脱出して成都へ逃れました。

杜甫は、この長安陥落の感情を、あの有名な詩にして詠みます。

国敗れて山河あり 城春にして草木深し

時に感じては花にも涙をそそぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす

烽火三月に連なり 家書万金にあたる

白頭掻けば更に短く すべてしんに勝へざらんと欲す

「春望」  

烽火(ほうか):のろし、戦火

f:id:odekakeiku:20190221140829j:plain杜甫は戦乱を逃れ、成都に草堂を建て暮らす。杜甫草堂の杜甫像。管理人撮影

 顔真卿と杜甫は互いに書を交わしたことがあるようですが、おそらく楊貴妃も含めた三者ともに実際にはあまり接点は無かったと思います。しかし、誰もが知る楊貴妃と杜甫は、顔真卿の生きた時代背景を理解するうえで重要な人物です。

 

さて、安禄山の乱(安史の乱)で、当初より敗戦続きの唐軍でしたが、はじめから反乱軍に対し徹底抗戦しよく守っていたのが平原太守(現在の山東省徳県の地方長官)だった顔真卿と、その一族です。

 

顔真卿<がんしんけい>

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709年長安に生まれる。小さい頃に父を亡くし、子供の頃は家が貧しく衣食に困るほどだったそうです(顔魯公神道碑による)。

 26歳の時、科挙の中でも最難関の進士に及第。この若さで進士及第は、まさにエリート中のエリート。

高級官僚として要職に就きますが、儀礼や高徳を重んじる実直な人柄が周囲から疎まれ左遷を繰り返します。たとえ目上の上司でも徳と礼に反していれば、容赦無く糾弾していたようです。

753年45歳の時に、平原太守(現在の山東省徳県の地方長官)に左遷。

平原太守として赴任すると、安禄山の反乱の予兆をいち早く察知。顔真卿は長雨の備えと偽り城を増強し、密かに食料を確保、戦力となる若者を集めます。

安禄山は使者に平原の様子を探らせますが、顔真卿はその目を欺くため毎日のように宴会をしていたそうです。

そして755年、安禄山の乱(安史の乱)が勃発。

周囲が反乱軍に制圧され唐軍が劣勢になるなか、顔真卿の有事に備えていた軍は反乱軍に徹底抗戦。

やがて反乱軍は鎮圧されて、顔真卿は功績を称えられ唐の都長安に大臣として迎えられますが、また幾度にも妬まれ中央から追い出され左遷をくりかえします。

782年、安史の乱で唐軍として戦った李希烈が、こんどは唐に対し反乱を起こします。「顔真卿ほどの人物なら説得に応じるかもしれない」と、顔真卿を妬んでいた宰相の盧杞は、顔真卿を使者として反乱軍に向かわせようとします。

「一元老を失う」周囲の要人は説得に行くのは危険すぎると宰相盧杞や顔真卿に言いますが、顔真卿は反対を押し切り「これは君命なり」と、あえて策略と知りながら反乱軍の中へ説得に行き捕らえらます。

李希烈は、顔真卿ほどの人物、ぜひ宰相に迎えたいと説得しますが当然拒否されます。殺すと脅しても、火あぶりにすると言っても顔真卿自ら飛び込もうとする有様。顔真卿を幽閉しつつ生かしておくも、やがて殺害されます。享年76歳。

 

出世よりも高徳や礼を重んじ、国のために尽くし、文官でありながらも反乱を未然に察知し、備えを怠らず、有事の際は勇猛果敢に戦闘を指揮。

高級官僚ともなれば特に何をしなくても貢物や賄賂で贅沢三昧できる時代、曲がった事を嫌い思慮に富み、そして書の達人。顔真卿のその人柄が、今でも賄賂や出世欲が蔓延する中華圏の人々に愛されている理由なのかもしれません。

 

祭姪文稿(さいてつぶんこう)

f:id:odekakeiku:20190221170129j:plain顔真卿筆 「祭姪文稿」 現在 台北国立博物院所蔵

 前記の通り、顔真卿は平原で反乱軍に対し勇猛果敢に戦います。

また同様に、顔真卿の一族で常山太守であった 顔杲卿(がんこうけい)とその子、顔季明(がんきめい)も反乱軍に土門で交戦します(祭姪文稿にある「土門を開く」)。

徹底抗戦する顔杲卿軍は、やがれ反乱軍に制圧されました。降伏に応じなかった顔杲卿の目の前で子の顔季明は首をはねられ、顔杲卿も洛陽で惨殺刑に処せられ一族も皆殺しにされたそうです。

 乾元元年(758年)顔真卿は、顔一族を集め安否を確認します。そこに兄、顔季明の首を携えてやってきた顔泉明がやってきます。

非業の死を遂げた甥(祭姪文稿の「姪」は兄弟の子という意味)の顔季明と、その父の顔杲卿を思い、顔真卿は嘆き悲しみ震える手で追悼の文を書きます。これが「祭姪文稿」顔真卿五十歳の時の肉筆の書です。

これは下書きで清書ではありませんが、下書きゆえの感情の激しさが一字一字に表れ、訂正し塗りつぶした箇所にも悲愴感が漂っています。

顔真卿の非常に数少ない肉筆であることだけではなく、これが代々の皇帝をはじめ人々を感動させてきた書であり、戦乱の悲しみを見る者にリアルに物語る貴重な歴史的資料として、無二の至宝と言われる所以です。

 

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王羲之と顔真卿: 二大書聖のかがやき (別冊太陽 日本のこころ 270)

王羲之と顔真卿: 二大書聖のかがやき (別冊太陽 日本のこころ 270)

 
マンガ 「書」の歴史と名作手本―王羲之と顔真卿 (講談社+α文庫)

マンガ 「書」の歴史と名作手本―王羲之と顔真卿 (講談社+α文庫)

 

 

東博の顔真卿展へ行く前に少し「書」の予備知識。知れば面白い「書」の世界。王羲之、蘭亭序、則天文字

高校の選択科目「書道」は人気なかったけど、興味深い話が盛りだくさん

私ごとですが高校時代、授業で書道を選択していました。

たしか「音楽」「美術」「書道」と選択でき、書道は一番人気がなく、2クラス合同(70名ほど)でも書道選択者は10名もいなく教室も閑散としていました。

自分が書道を選択した理由は、ただ単に「字が綺麗に書けるようになりたい」という実用的な目的だけで、特に書道について思入れがあるというのでもなかったのですが。

小・中学校でも書道はありましたが、手本を真似て書き、先生が直すというのを繰り返すのみの、いわゆる「習字」の授業。

高校であえて書道を選択する学生が少ない理由も、よくわかる気がしました。

 

当時、高校で書道を教えていたのは、まだ20代後半の若い男性の教師。書道は年配の定年間近の男性教員が教えるもの、と勝手な固定概念があったせいか意外でした。

そしてさらに意外だったのは、なかなか「習字」をしないこと。書の成立からはじまり、古い中国の話ばかり。

 

書道なのに、世界史の中国史の授業かと思うほどに、書家、書にまつわる皇帝や事件を教わりました。

しかし当時の自分にとっては、その歴史上の人物の事件がどれも不思議と興味をそそられて夢中になって聞いていました。

 

顔真卿来る

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そして高校の書道の授業を終えてから20年近くが経ち、その間、特に「書」とは無縁の人生を過ごしてきましたが、2019年1月に国立博物館の特別展で「顔真卿」が来るという話を聞いて、思わずチケットを購入。

顔真卿は唐代の書家で、書道をかじったことがある人は、知らない人はいない書の大家の中の大家。その真筆は極めて少なく、高校の書道の先生曰く「顔真卿の真筆は、まず一般人がお目にかかることはない」と言っておられました。

そして高校時代何度も見返した顔真卿の「祭姪文稿」の実物がどうしても見たい!

紙の耐久年数が長くても1000年と言われる中、顔真卿の真筆ともなれば1200年は軽く過ぎています。それゆえ、現在所蔵している台北の故宮でも滅多に展示しない一品。

恐らくこの機を逃せば、二度とお目にかかれないでしょう。

 

高校で学んでから二十年近くが経ち、「書」についての知識も気がつけばうる覚え状態。この機会に改めて調べ直し、整理してメモ書きとします。

 

まずは書の最高峰の書聖と言われる人物、王羲之から。

王羲之<おうぎし> (303年〜361年諸説有り)

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東晋の政治家、書家。能書(書の達人)を輩出する名家の生まれ。

それまでの書の伝統にこだわらず、時代を先取りした表現を完成させ、書を芸術の域にまで高めたと言われている。

時代は下って、唐の第二代皇帝太宗(在位629〜649年)は、全国にある王羲之の書を大枚をはたいて集めさせたのもあり、中国全土から消えた王羲之の書は、ごく一部の宮廷関係者以外目にすることができなくなり神聖化する。

しかし現在、王羲之の真筆は確認されていない。なぜなら、太宗が崩御した時に王羲之の真筆のほとんどを陵墓に一緒に埋葬してしまったから。そして盗掘にでもあったのか王羲之の真筆は発見されていない。

盗掘されたとしても、どこからか出てきそうだけど、ないということはまだ太宗の広大な陵墓のどこかに埋まっているのかもしれない。

日本では7世紀から9世紀にかけて、真筆ではないにしても王羲之の作品が遣唐使の使節によってもたらされ、王羲之の書は手本とされ長く重んじられてきました。

 

 

蘭亭序<らんていじょ>

f:id:odekakeiku:20190222210103j:plain「定武蘭亭序(呉炳本)」王羲之(303?〜361?)東京国立博物館

王羲之の書の中でも、会心の書と言われるのが「蘭亭序」。

王羲之が蘭亭で開いた曲水の宴の際に作られた詩集の序文として、書かれたものの下書き。

曲水の宴は、日本の平安朝の曲水の宴のように、流れて来る盃の酒を飲みほし詩を詠むという宴。王羲之は蘭亭序を書いた時、そうとう酒に酔っていたと言われ、後に何度書き直しても酒に酔って書いた最初の草稿を上回るものは書けなかったらしい。

 

王羲之の書を集めていた唐の皇帝太宗は、最高傑作の「蘭亭序」だけがなかなか手に入らず、最後は騙し取る形で入手したとも言われている。太宗は臣下の欧陽詢(おうようじゅん)に臨書させ、それを石に刻し拓本をしている。

蘭亭序の真筆も、太宗の陵墓に副葬されたとされているが真筆は発見されていない。盗掘されたとも、もともと副葬されていなかったとも言われ未だ行方知れず。

 

 

武則天と「則天文字」

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いきなりですが、水戸黄門こと徳川光圀。この光圀の「」の字は則天文字と呼ばれる唐の時代に少しの間しか使われていなかった超特殊文字。

唐の第二代皇帝太宗の子で、三代皇帝になった高宗。高宗は高句麗を滅亡させ朝鮮半島を平定。当時の日本も、百済に援軍を出し連合軍として戦っています(そして負けます;)。世に言う「白村江の戦い」です。

やがて高宗は病弱になり政治にも関心がなく、しだいに皇后の武則天(※則天武后)に実権を握られてしまう。

※日本では皇后としての呼び名の「則天武后」が有名ですが、中国では皇帝としての名の「武則天」と呼ぶのが一般的だそうです。

 

高宗死後、武則天が中国史上最初で最後の女性の皇帝として即位「唐」から「周」へと国号を改める。

武則天は何かと改変が好きだったらしく、「皇帝」・「皇后」という呼称も「天皇」・「天后」と改めたり、「洛陽」を「神都」と改めるなど呼称、地名の改変を行うだけでなく、漢字の改変も行い則天文字を作る。

しかし武則天死後、則天文字は廃止され、今では多くの則天文字が忘れ去られたが、日本では徳川光圀の「圀」の字などが残っている。

ちなみに、それまで日本を「倭国」と読んでいたが、武則天の時から「日本」に呼称が変わっている。それを改変したのも一説によると武則天だとも言われています。

 

さて、武則天の治世が終わったあと、王羲之以来の書の巨人が産声をあげます。 

それが今回の主役の顔真卿なのですが、ちょっと長くなってしまので、顔真卿については次の記事に。

  

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王羲之と顔真卿: 二大書聖のかがやき (別冊太陽 日本のこころ 270)

王羲之と顔真卿: 二大書聖のかがやき (別冊太陽 日本のこころ 270)

 
マンガ 「書」の歴史と名作手本―王羲之と顔真卿 (講談社+α文庫)

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John Denver ジブリ「耳をすませば」 カントリーロード Take me home

1995年公開 スタジオジブリの「耳をすませば」

耳をすませば [DVD]

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冒頭はオリビア・ニュートン・ジョン(Olivia Newton John)の「Take Me Home, Country Roads/カントリー・ロード」からはじまる。

 

Olivia Newton Johnのカントリーロード

40/40~ベスト・セレクション

40/40~ベスト・セレクション

 

 モデルとなったとされる聖蹟桜ヶ丘と多摩川の夜景からはじまり、主人公の月島雫がファミリーマートで牛乳を買って団地の自分の家まで帰る。

このごく日常の当たり前の光景だが、オリビア・ニュートン・ジョンが歌うカントリーロードのせいか、90年代の都市風景とあいまって、なんともいえないリアルな雰囲気を感じつつ物語に世界に自然と吸い込まれていく。

これがオリビア・ニュートン・ジョンのカントリーロードだから、雫の住んでる街、団地の光景とよく合っているのであって、これがカントリーロードの原曲、ジョン・デンバーのカントリーロードだったらどうだったろうか・・・?

なんてどうでもいいことを以前、少し思ったことがあった。

 

John DenverのCountry Roads

ベスト・オブ・ジョン・デンバー

ベスト・オブ・ジョン・デンバー

 

 カントリーロードの原曲を作詞作曲(他2名との共同)したジョン・デンバー の「Take Me Home, Country Roads」は、言わずと知れたカントリー調の曲。はっきり言って、あの雫の住む街の光景と合わない。

雫がもし、山々に囲まれた田舎の中学生で、個人経営のデイリーヤマザキで牛乳を買って田んぼのあぜ道のなかを帰宅するシーンだったら、こっちのジョン・デンバーの方が合っていたかもしれない。

 

耳をすませば サウンドトラック

耳をすませば サウンドトラック

 

 

ジブリ「耳をすませば」名言集

コンクリートロード

f:id:odekakeiku:20190111161458j:plain多摩市桜ヶ丘 いろは坂

コンクリートロードどこまでも

森を切り 谷をうめ

ウエスト東京マウント多摩

ふるさとはコンクリートロード 

               月島雫

 

ふるさと

f:id:odekakeiku:20190111163951j:plain多摩川(中川原〜聖蹟桜ヶ丘間)

ふるさとって何かやっぱり判らないから

正直に自分の気持ちで書いたの

               月島雫

 

 

ひとりで生きる

f:id:odekakeiku:20190111163733j:plain耳丘

ひとりで生きると 何も持たず 町をとび出した

淋しさおし込めて 強い自分を守っていた・・・

                 月島雫

 

 

にぶい自分

f:id:odekakeiku:20190111164809j:plain金毘羅宮 多摩市桜ヶ丘

バカ!

にぶいのは自分じゃないか

         月島雫

 

 

カントリーロード

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どんな寂しい時だって

決して涙は見せないで

心なしか歩調がはやくなっていく

思い出けすため

カントリーロードこの道

故郷へつづいても

ぼくは行かないさ 行けない

カントリーロード

カントリーロード

あしたは いつものぼくさ

帰りたい帰れない

さよなら

           月島雫

 

原石を磨くということ 

f:id:odekakeiku:20190111204238j:plain緑柱石 国立科学博物館

雫さんも聖司もその石みたいなものだ

まだ磨いていない自然のままの石

私はそのままでも とても好きだがね

しかしバイオリンを作ったり、物語を書くというのはちがうんだ

自分の中に原石を見つけて、時間をかけて磨くことなんだよ

手間のかかる仕事だ

                                           地球屋の主人 西司朗

 

外から見えない所に・・・

f:id:odekakeiku:20190111160357j:plain緑柱石 国立科学博物館

その石の一番大きな原石があるでしょう

実はそれは磨くと

かえってつまらないものになってしまう石なんだ・・・

もっと奥の小さいものの方が純度が高い

いや

外から見えない所にもっといい原石が

あるかもしれないんだ

                                           地球屋の主人 西司朗

 

人と違う生き方

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自分の信じるとおりやってごらん

でもな人と違う生き方は

それなりにしんどいぞ

何が起きても誰のせいにもできないからね

                  雫の父 月島靖也

 

 

追憶の中にしかいなかったバロン

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追憶の中にしかいなかったバロンを

雫さんは希望の物語によみがえらせてくれたんだ

             地球屋の主人 西司朗

 

シネマ・コミック9 耳をすませば (文春ジブリ文庫)

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虎ノ門金刀比羅宮 1月10日は七福神も集まる初こんぴら祭

Toranomon Kotohira-gu Shrine

今回は、虎ノ門金刀比羅宮初こんぴら祭について。

 

虎ノ門 金刀比羅宮

f:id:odekakeiku:20190110153348j:plain東京メトロ銀座線「虎ノ門」駅2番出口を出てすぐのところに、金刀比羅宮があります。

 

f:id:odekakeiku:20190110153404j:plainもとは四国讃岐国の丸亀藩京極家の藩邸内にあった金刀比羅宮。

江戸時代、毎月十日の縁日に限り藩邸を江戸庶民のために開き、参拝を許可していました。

 

f:id:odekakeiku:20190110155951j:plain境内には、江戸時代から良縁を求める多くの女性から信仰されている、結神社(むすびじんじゃ)もあり、今でも良縁祈願に遠くから参拝にくる方もいるそうです。

 

 

f:id:odekakeiku:20190110153351j:plain現在では、四方をビルに囲まれ、霞が関の官公庁なども近い大都会の真ん中に鎮座している虎ノ門金刀比羅宮。毎年、1月10日は年初めの縁日、初こんぴら祭です。

 

里神楽奉納

f:id:odekakeiku:20190110153359j:plain初こんぴら祭の、10時30分、13時、16時の3回、神楽殿で里神楽奉納。

 

七福神行列

f:id:odekakeiku:20190110153430j:plain初こんぴら祭の日、もっとも賑わいを見せるのが、七福神行列

 

寿老人

f:id:odekakeiku:20190110153445j:plain寿老人(じゅろうじん)

中国の伝説上の人物で、難を払うとされるうちわを持ち、鹿をつれていたそうです。長寿の神様。

 

布袋

f:id:odekakeiku:20190110153503j:plain布袋(ほてい)

大きな袋を持ち、人々から喜捨を受け歩いていたといわる実在した僧侶だったようです。夫婦円満、子宝、開運の神様。

 

福禄寿

f:id:odekakeiku:20190110153515j:plain福禄寿(ふくろくじゅ)

頭が長く髭も長いのが特徴の福禄寿。名前の通り、福と禄と寿の三徳をそなえているそといわれています。

 

弁財天

f:id:odekakeiku:20190110153521j:plain弁財天(べんざいてん)

七福神唯一の女神。音楽や芸能、学問の神様としても有名です。

 

恵比寿

f:id:odekakeiku:20190110153528j:plain恵比寿(えびす)

七福神の中で唯一日本の神様。長い釣竿と鯛を持っています。海上安全、商売繁盛の神様。

 

大黒天

f:id:odekakeiku:20190110153532j:plain大黒天(だいこくてん)

頭巾をかぶり、大きな打ち出の小槌を持っています。五穀豊穣、福の神様。

 

毘沙門天

f:id:odekakeiku:20190110153552j:plain毘沙門天(びしゃもんてん)

仏教を守る神様としても有名ですが長い槍を持ち、財宝を施す神様。

 

f:id:odekakeiku:20190110153619j:plain七福神一同そろい、七福神巡りを一度にすませたようなありがたい感じがしますw

 

恵比寿様と大黒様

f:id:odekakeiku:20190110153640j:plain恵比寿様の釣竿の鯛(めでたい)に触ると、いいことがあるそうです。

 

f:id:odekakeiku:20190110153654j:plain大黒様は、お菓子を撒いておられました。

鯛にも触れられず、お菓子にも恵まれなかった著者ですが(笑)皆様に福徳がおとずれますように。

 

初こんぴら祭式

f:id:odekakeiku:20190110153657j:plain正午から御神前にて、宮司様以下神職による祭典に参列できる機会に恵まれました。

 

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約30分ほどの厳かな祭典。

 

f:id:odekakeiku:20190110153833j:plain玉串を奉納させていただき、最後にお神酒をいただきました。

 

f:id:odekakeiku:20190110211730j:plain七福神も集うありがたくも楽しい、初縁日、初こんぴら祭でした。

ご覧の皆様にも、たくさんの福がおとずれますように。

 

はるなつふゆと七福神 (ディスカヴァー文庫)

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「日本の神様」がよくわかる本 八百万神の起源・性格からご利益までを完全ガイド (PHP文庫)

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無印の手帳 マンスリーノート A6 さらに薄く軽くシンプルに

無印の手帳 マンスリーノート A6 さらに薄く軽くシンプルに

MONTHLY NOTEBOOK  

 

マンスリー・ウィークリーノートと、マンスリーノート

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2018年までは、無印のマンスリー・ウィークリーノートA6を3年使用していましたが、2019年は、マンスリーのみの手帳に変更。

 

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無印マンスリーノート

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外見は、マンスリー・ウィークリーノートと同じ。

価格は税込590円とリーズナブル。

 

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されど、当然、ウィークリーの部分がないので、薄く軽くなっています。

 

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2018年まで使用していたマンスリー・ウィークリーノートは、重さが147g

 

f:id:odekakeiku:20181231141908j:plainマンスリーノートは90g、約60gも軽くなっています。

1年中肌身離さず持ち運ぶものなので、軽ければ軽いほど良いです。

 

仕様

f:id:odekakeiku:20181231141835j:plain最初は、マンスリー・ウィークリーノートと同じく3年カレンダー。

 

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次のページを開くと、イヤープラン。2018年までのノートには無かったような。1年を俯瞰して見れるので色々と使えそうです。

 

f:id:odekakeiku:20181231141919j:plainメインのマンスリースケジュールは見開き。月曜始まり。

当然、開いたときに閉じないフラット製本。

 

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マンスリースケジュールのあとは、方眼罫が49ページほど。

 

f:id:odekakeiku:20181231141936j:plainマンスリーのみの薄い手帳の方にも、しおり紐が付いています。

 

ビニールカバー

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手になじみやすいやわらかさと厚さが良いビニールカバー。

 

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異なるポケットが両方についています。

 

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手帳のポケットは超重要。地下鉄の路線図は毎年必ず入れているかな。

手帳会社の手帳を使っていた頃いつも思っていたけど、全国の都市のの地下鉄路線図ほどいらないページはなかった。出張族だったけどほとんど見ることなかったし、一年中肌身離さず使っている手帳に、いらないページがあるだけストレスだった。

無印の手帳は、最低限の機能だけで自分にあわせてカスタマイズしやすいのがとても良いです。

 

 

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10月19、20日は「べったら市」東京を代表する秋の風物詩。日本橋宝田恵比寿神社

今回は、毎年10月19日20日に東京日本橋本町宝田恵比寿神社で開催される「べったら市」について。

 

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最寄駅は、東京メトロ日比谷線の小伝馬町駅。

 

他、銀座線、半蔵門線の「三越前」や、JRの「新日本橋」からも近いです。

 

小さな神社の、歴史は古くて大きな伝統行事

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10月は神無月。諸々の神様が出雲に出向いて、出雲以外は神様がいなくなってしまう月です。

でも恵比寿様だけは、古来から留守居をしておられると言われ、神々がいなくなってしまう10月、その土地を守る留守神様としてお祀りする恵比寿講が全国で行われます。

「べったら市」で有名な宝田恵比寿神社は、普段はそこに神社があるのに気づかない人もいるくらい意外と小さな神社です。

 

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毎年10月20日の夷講にあわせて、前日の19日から夷講に必要な用品をそろえる市が江戸時代より開かれていましたが、いつしか浅漬大根(べったら漬け)を売るのが主の市になりました。

それが今では「べったら市」として東京を代表する秋の風物詩となっています。

 

べったら漬け

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べったら漬けは、大根を麹で漬けた江戸東京を代表する漬物。

ぽりぽりとした歯ざわりと甘さで、個人的にはこの時期に出回る新米と一緒に食べるのが最高の贅沢ですw。

ちなみに、江戸時代は練馬大根を使用していたとか。

 

べったら市でしかあまり見られない「皮付き」

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べったら市で特におすすめは、皮付きのべったら漬け。

本来、べったら漬けは厚く皮をむいて漬けるものが主流ですが、べったら市には「皮付き」のべったら漬けも並びます。

栄養が豊富なのは皮とその周辺。食感もさらにポリポリ感アップです。

 

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どの露店でも味見をさせてくれるので、本来の「皮なし」と「皮付き」の味を比べてみましょう。

たいていどこも相場は「皮なし」100g 300円、「皮付き」100g 400円あたりのようです(2018年)。

 

味は店によって様々

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べったら漬けも、店によって味、風味、食感が様々です。

 

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赤カブのべったら漬けを、販売している露店もありました。

 

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お店によっては、大根の葉をサービスしてくてるところもあります。チャーハンとかに混ぜても美味しそうですね。

 

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臨時の郵便局も出ており、全国に発送もできます。

 

「べったら漬け」以外に、特売セールなども

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「べったら市」では、べったら漬け以外にも多くの露店が立ち並びますが・・・

 

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昔より10月20日は誓文払いと呼ばれる、特売の日

本来、誓文払い(せいもんばらい)とは、商売の駆け引きで客に嘘をついた罪を払うため、罪滅ぼしとして特売で販売する日です。在庫一掃の格安で販売するお店も多く、この「べったら市」のもうひとつの目玉になっています。

 

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宝田恵比寿神社のすぐそばにある、1653年創業の小津和紙。

 

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こちらでは、紙製品の特売をしていました。

 

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せっかくなので、こちらの紙の福袋を500円で購入。

ティッシュ、マスク、ラップ、ホイル等々、総額2000円以上はしそうな日用品がたくさん入っていました!

 

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いろいろと楽しめた宝田恵比寿神社の「べったら市」でした。

 

参考資料:「東京の植物を語る」著者伊藤隼 文啓社書房 昭和10年出版(国立国会図書館) 他

 

冷蔵庫で作りおき! 野菜たっぷりの漬け物レシピ (食べてすこやかシリーズ)

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